前回は「経営観」であったが、今回は「和(戦)略観」である。
私は、常に「戦略」という言葉に何かしら、違和感を感じながら、この言葉を使ってきたが、この度から、「和略観」に完全に衣替えをすることにする。
「戦略」という言葉は、もともと軍事用語であったものが、経営学にも取り入れられたようだが、支配型である欧米文明の言葉であろう。確かに、世の中のあらゆることは、極論すれば「戦い」であり、人間も経営もスポーツですら戦いを勝たなければ生きていけないかもしれない。
しかし、私はどこかに矛盾を感じるのである。この深層心理は「相手を打ち負かす」ということではないだろうか。それは、ほんとうに正しいことであろうか。
「試合」という言葉は「相手と競って勝つ」というのが欧米的、また世間的常識だと思うが、「自分の技と相手の技とどちらが優位であるかを試し合う」という発想に切り替えるのが、和略なのである。つまり、相手の技より、自分の技が優るということで、優劣を決める。これなら、勝っても恨みや報復は受けないし、負けても次は自「自分の技が上になる」という奮起ややる気が出てくるのである。
また、死力を尽くして戦ったことが勝敗を超えて、友情にすらなる。
宇宙(自然)は、全て生かし合いながら共生している。ならば、すべては、その法則に添うべきではないだろうか。その法則に添わなければ、一時的には勝ったように見えても、そこには「生かし合いの精神」がないから、やがては「破滅」してしまう。
それは、経営に於いても同じことであり、正常なる発展を願うなら「戦略」から「和略」への発想の転換が必要であり、これこそ、日本文明・文化であると思うのである。
これが、私が提唱している「勝ち組」から「価値組」への経営でもあり、言葉としては同じであっても、内容は全く違うのである。
では「和略」の内容を述べることにする。
これは、大項目であり、中項目・小項目というものが必要であるが、別の機会に述べることにする。
特に、人・物・金・情報が十分でない中小零細企業こそ「戦略」から「和略」への転換が必要である。