要旨
公的経営の再建は急務であり、「官」に対する「法」と「政」の支配をつらぬくためにも、
政治学・行政学と経営学(特に組織論)の重なるところに成立する公的組織のマネジメントを
研究対象とする本格的な日本版公的経営学が要請される。
機能不全の主たる原因は、成員が過度の身分保障に甘えていたこと、
棲み分けをして互に干渉(意思疎通)しようとしないキャリア/ノン・キャリア制の存在、
職務の中に真の動機づけ要因が取り込められていないことにある。
克服策を煮詰めると組織論的には、風土・文化の根底にある黙示的集団規範の変革、
成員が自らに懐く自己像の刷新が求められる。
このためには、下からの自主的改革運動としてのコンフロンテーション・ミーティングの
適時適所の設営が必須である。
制度論的には、官民の人材交流、中長期的な期間をかけて人材を育成選抜していくこと、
縦割りの行政システムから脱して職務体系・組織編成を見直すこと、
政治的任用権の活用、行政型民間型双方からのオンブズマン制度の充実などが求められる。
キーワード
「官」に対する「法」と「政」の支配、黙示的集団規範、
集団が自らに懐く自己像、コンフロンテーション・ミーティング(直面化のための集会)、
動機づけにおける真の動機づけ要因
目次
- 社会保険庁の現況と発覚した不祥事と機能不全状況について
- 事態の背景と解明すべき問題の所在とは
- 問題解明のための幾つかの経営組織論的知見について
- 公的経営にかかわる諸問題の真の原因の絞込みとそれに基づく根本的克服策について
- 結語
第1章 社会保険庁の現況と発覚した不祥事と機能不全状況について
(1)社会保険庁の現況
社会保険庁(以下、社保庁と略称)は、厚生労働省の外局であり、
政府の管掌する公的社会保険の事業の運営にあたることを任務とする。
成員の構成について見てみると次の通りである。
資格(身分)からみると、明示的法的根拠はないが、
いわゆるキャリア組とノンキャリア組に大別される。
これはほかの諸官庁と同じである。

キャリア組は、国家公務員試験I種に合格し中央の本省に採用された人材である。
彼らは幹部あるいは幹部候補者としてきわめて少数の者しか採用されず、
よほどのことでもないかぎり幹部への昇進が確実に約束されているとされる。
ノンキャリア組はキャリア組以外の人材と定義されるが、
主として国家公務員試験II種、III種に合格した人材である。
過去の実績からみて本省の課長以上へ登用される道はきわめて狭いとされ、
通常地方出先機関の幹部止まりとされている。
最近、このII種、III種の公務員の幹部登用の問題は公務員制度調査委員会でも議論されているが、
有効な対応がなされていないのが実情である。
ちなみに、人事院『公務員白書』によれば、
平成15年度の一般職の国家公務員総数は約82万人だが、
そのうちキャリア組は約1万9千人とされ、
その占める割合はわずか2.2%にすぎない。
成員の構成の次に出身母体からみてみると、正式な成員と非正式な成員とに分かれる。
民間会社になぞらえれば、正社員と非正社員である。
前者は、いわゆる3層構造をもつとされるがその内訳は、
厚生労働省に採用され出向している人材と地方公務員の国家公務員化した人材と
社保庁自身が独自に正式採用したいわゆるプロパー人材から成っており、
これらは全員国家公務員である。
地方公務員の国家公務員化した人材についてふれておくと、
これは1986年の年金改革の際、もともと市町村や区で徴集されてきた国民年金が、
国家が一元的に管理するために移管され、
それにあわせて多くの人材が移籍され国家公務員化された。
社保庁の場合、自治労に所属する組合員が多いのはここに由来する。
非正式な成員は、非常勤人材ともよばれ、派遣人材やアルバイト人材から成り、
当然のこととして国家公務委員ではない。
社保庁の職員は、2005年現在、約2万8千人、
うち国家公務員は約1万7千人(うちキャリア組は3%)、非国家公務員は約1万1千人である。
なお各都道府県に地方社会保険事務局が47あり、
さらに拠点となる出先機関として全国に256の社会保険事務所をかかえている。
これまでの社保庁の民間の保険会社と違うところを挙げてみると次の3点に集約される。
| 1 |
年金に源資については、一部税金の投入を含めて現役世代の保険料支払にたよる
賦課方式を原則としている。
また近年、マクロ経済スライドを導入するなどして
年金支払いに関する計算式は複雑さをきわめている。
結果として受取年金額は支払った保険料にほぼ比例する(積立方式)ことは確かであるが、
賦課方式をとっているため、受取額において世代間の不公平なバラツキが存在しており、
早く加入した人ほど実績としてきわめて有利となっており、
ネズミ講式の運営がなされてきたと酷評する向きもあるくらいである。
総じて言うと、賦課方式と積立方式を折衷させたものということである。
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| 2 |
支払い方式において、受取りの権利がガラス張りの透明性のなかで保障されているわけではなく、
あくまで申請による支払い方式を原則としていることにある。
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| 3 |
集積された保険料支払金の管理に関して言うと、
正規の会計原則に基づく収支計算書、バランスシート等が公開されていない。
年金会計については、特別会計とういことで一般会計にくらべて
ディスクロージャーがきわめておくれており、
たとえば、現在ではグローバルスタンダードとされている発生主義
および時価主義会計による払込金の運用実績、収支の内訳、総残高が明瞭に示されていない。
(たとえばシステム整備費としてコンピュータソフト会社へ民間ベースにくらべて
かなり割高な支払いがなされていると思われるが、
その理由と内訳が説得性をもつほどには明らかにされていない。)
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(2)社保庁の不祥事と機能不全の状況
社保庁のこれまでの不祥事と機能不全の状況をかいつまんで述べると次の通りである。
| 1 |
昨年2月、基礎年金番号の付されていない年金加入記録が、
一昨年6月時点で5千万件もあることが、社保庁の内部調査で明らかになった。
加入記録に同番号がないと、保険料を払っていても支払われないことになる。
このほか誰が支払ったのか不明な記録が多数明らかになっている。
民間の金融機関では、2重、3重のチェック態勢でコンピュータ入力を行っており、
社保庁の業務遂行規程は不十分と言わざるをえないという。
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| 2 |
年金の運営にかかる費用を濫費したり、
グリーンピアなどの巨額な保養・福祉施設を建設したり、
またそこへ社保庁OBなどを天下りさせるなどして年金給付以外に流用した金額は
6兆7800億円にのぼっている。
適度の年金運営費は認められるとしても特に残念なことに保養・福祉施設へ
投入された資金はほんの1/20程度しか回収されずほとんどが返ってこないという。
(朝日新聞 2007.9.15朝刊から)
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| 3 |
これまでの社保庁幹部の少なからざる収賄容疑での逮捕事実には驚かされる。
また一般社保庁職員による着服額はかつて保険料徴収にあたっ
市町村職員による着服を含めると2億3千万円にのぼるという。
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| 4 |
被保険者の秘匿するべき個人情報が大量に流出し、
このことにより3273人もの社保庁職員が処分を受けた。
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| 5 |
勤務中にゴルフをしたり、休憩を規定以上にとったりと民間の企業では考えられない
職務遂行上の怠慢がみとめられた。
そのほかの不祥事、機能不全の実態は数えあげるときりがないほど出てくるので、
割愛することにして、これらの事態はなぜ生じてきたのか、
そのいくつかの原因を経営学的に推定してみると次の通りである。
| 1 |
正式な職員の場合、身分保障されている公務員であることに甘えていること。
もちろん民間でいう市場による処罰としての倒産もないことが挙げられる。
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| 2 |
資格や身分が異なり出身母校も様々な成員が幾重にも混成されていて反目しあったり、
コミュニケーションがとりづらくなる傾向があること。
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| 3 |
甘いぬるま湯的組織体質のなかで、相互に切磋琢磨することをやめてしまい、
逆に相互にもたれあうという旧来の日本的特性が色濃く出てしまったこと。
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| 4 |
ノンキャリア組にとっては、仕事自体を企画したり本質的に調整する仕事もなく、
およそ自己実現をかけるような探求や自己成長の機会もなく
単調なIT的作業が仕事の殆んどを占めモラール(morale:やる気)を
低下させてしまっていること。
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| 5 |
既に述べたように僅か3%に滴たないキャリア組が企画や本質的なものに関係する
調整の仕事を独占しており、コンピュータ入力や窓口業務などの実務は
ノンキャリア組が担当しており、さらに悪いことにキャリア組とノンキャリア組は
入庁以来業務連絡上必須なコミュニケーションを
ほとんど欠落させたまま棲み分けを続けてきてしまっていること。
そのうえ、キャリア組は2~3年で転勤をしていくため、どうしても実務に疎くなり、
見過ごすことのできない本質的に重要な不具合なことに気付いても
棲み分け上の縄張りを敢えて越えてノンキャリア組の部下へ注意を喚起するようなことは
遠慮してきたという事実がある。
それは公務員の評価においては民間に比べて減点主義的傾向が強く、
注意喚起や指示徹底などでもめ事やいざこざをおこさないことを身上とする
文化・風土が定着していることによる。
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| 6 |
したがって、公的経営学的視点から見て、トップマネジメント側に属する
キャリア組の経営管理する権限と責任の放棄がうかがわれる。
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| 7 |
公的経営管理をする側の無気力、無責任をよいことにして安逸をむさぼった
ノンキャリア組を中心とする一般職員の責任は大きい。
さらに、倒産がないことと手厚い身分保障をよいことにして
安逸をむさぼる組合員を支援したり放置してきた
自治労などの労働組合指導者の責任も問われなければならない。
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第2章 事態の背景と解明すべき問題の所在とは
メディアを通じて報道される社保庁をめぐるかずかずの不祥事と機能不全は、
広汎な国民を怒らせ悲しませるものだった。
怒らせたのは社保庁のこれまでの不祥事と機能不全が、
そのまま自分達の受取る年金額の減少へつながるからであり、
悲しんだのはいろいろなうわさはあったにせよ、
日本の公務員の善良さ、優秀さを信じてきたのに決定的に裏切られたからである。
そして、この怒りと悲しみは、中央官庁の一角をなす社保庁を半世紀の永きにわたって
(ごく短期間の政権交替はあったが)
主導してきたはずの与党政府へ向けられることになった。

これが、さきの参議員選挙における与党の大敗北の主因になったことは明らかである。
それにしても政府へはもとより、与党の中で厚生労働省一社会保険庁を主導してきたはずの
いわゆる厚生労働族と称される与党の議員諸氏は一体何をしてきたのか。
活発な活動をしてきたかにみえたが、その果たし得た実体は「法」と「政」と「官」のあいだの関係の
あるべき姿からはほど遠いまずしいものであったといえよう。
日本の公的組織にあっては、「法の支配」と「政の支配」はつらぬかれているのか。
与党および政府は官庁、すなわちその実権をにぎる官僚を正しく主導しているのか。
それにしても、なぜ一部とはいえ、公務員が倫理的レベルにせよ、
法的レベルにせよ、かくまでに権威失墜してしまっていたのか、
いろいろな問題意識がわきおこってくる。
更に問題を複雑にしているのは、民間の機関であれば、特に顧客に対して金銭面での不始末をしでかした場合、
早々に市場から退出することを余儀なくされるか、
責任を持つ経営者の総入れ替えを求められるのがふつうなのに、
社保庁がこの国で公的社会保険に関しては独占的ポジションを占めていること、
また公務員が公務員法上身分的に手厚い保護を受けていることなども重なって
多くの国民は選択肢がきわめて限られるなか、
なんとも言えないはがゆい思いをしているからである。
さて、社保庁の場合、このように広汎な国民の経済的利害へ直結する問題を
引き起こしてしまったので大きな反響を呼んでいるが、
日本のほとんどの公的組織も社保庁にとどまらずいろいろな事例をとりあげるまでもなく、
かなりの程度まで汚染されているとみてさしつかえない。
したがってこのような汚染状況から、日本の公的組織を立ち直らせることは
関係者に課せられた急務である。
本論は、主として社保庁にからむ諸問題を引き合いに出しながら、
官庁のはたす仕事のあり方進め方、すなわち公的経営に関する諸問題を、
経営組織論的視角から限定的に取り上げていきたい。
組織の機能からは企画・意思決定・調整・実行・評価の5つの側面が、
組織の運営要件からは権限・責任・資源利用・報酬の4つの側面が挙げられるが、
本論で特に分析のメスを入れたいのは集団規範の変革の問題、
集団的自己像の形成およびその刷新の問題、
職務遂行における真のモチベーター(動機づけ)要因獲得のためのハード・ソフト両面の問題である。
公務員の有するべき倫理道徳や公徳心の問題は重要ではあるが、
筆者の力量を超える問題でもあり、そのこと自体ほり下げないことにした。

ただ、ここで反省しておかなければならないのは、我々通常の日本人は、
官庁を構成する公務員に対してあまりにも性善説的な立場をとりつづけ、
諸制度の背景にある規則とその運用についてやむをえないこととはいえ、
チェックを怠ってきたという事実である。
これからは性善・性悪の中間説的立場に立ってふつうの人間の人間性の発現の可能態の
さまざまな局面を冷静に予知予測し、あらかじめ対応しておくことが求められる。
これらの追求を通してこれからの公的経営のあり方の一端でも明らかにするのが本論の目的である。
さらに本論のめざすものの究極のあり方の1つが、
新しい本格的な公的組織のマネジメントを研究対象とする日本版公的経営学の構築にある。
公的経営学は、下記の概念図のとおり、経営学と行政学の対象領域の重なるところに成立する。
従来の経営学は、研究対象として公的経営を排除するものではなかったが、
事実上主として私企業を対象としてきた。
私企業を研究対象としてきた大半の経営学研究者は、応用として公的経営へ言及することはあったが、
体系としての公的経営学の構築へチャレンジすることはきわめて少なかったように思われる。
公的経営学を標傍する書籍、論文は、むしろ法学部出身の政治学や行政学専攻の
たとえば旧行政管理庁や人事院などに勤務する現役官僚あるいは官僚OBによって著されてきたが、
それらはいちじるしく法学、政治学、行政学サイドにたったものであった。
これからは、それらもふまえて経営学のめざす戦略上の理念
および目的の達成や経営資源利用の際の有効性・効率性の向上の視点
あるいは経営学の1分科としての経営心理論、経営組織論、経営戦略論などからもたされる
モチベーション理論、さらにこれに経営管理論、集団規範論、風土・文化論などを加えた
戦略的リーダーシップ理論などの視点からの研究が求められるものである。
ここに両者が相携え協力しあって充実した本格的な公的経営学が構築される道筋がみえてくる。
さらに、公務員志望者、現役公務員、公務員OB達によって
公的経営学が実践的に深められていくことのなかにこそ、
これからの公的経営の光明と希望がみえてくるとは言えないだろうか。
原 優治
明星大学経済学部講師
マネジメントソフトテクノロジー機構MST能力開発研究所代表パートナー
元産業能率大学講師
21世紀経営創造コンファランス代表世話人
企業実務経験を生かし、学者的立場からではなく、
実務・経営コンサルタントの経験をもとに、東洋思想を加味した独自の理論を研究し、
新しい経営学の確立に挑戦している情熱の人である。
<主な研究論文>
『欧米企業の経営革新と意思決定』
『能力・組織開発』
その他多数