《『政(まつりごと)の心』を求めて》 第41回 ―「 日本政治の現状(3) 」―
議員辞職勧告決議案は自殺行為だ
政治資金規正法の「虚偽記載」違反容疑で逮捕され、起訴された民主党の石川知裕衆議院議員に、議員辞職決議案が提出されている。提出した自民党・公明党の愚かさを論じるつもりはない。共産党と社民党は積極的に賛成するとのこと。民主党の中にも賛成せざるをえないという議員がいる。

これは国会議員として自殺行為である。このことを理解できない国会議員があふれている現状は、議会政治の危機といえる。この私の主張に多くの人々は、「それはおかしい」と反論するだろう。国民世論も議会民主政治の基本を理解していないのだ。
私が偉そうなことを言うのには理由がある。昭和50年代から60年代にかけて、ロッキードやグラマン事件など政治倫理問題について、衆院事務局で専門的に仕事をやり、政治倫理制度をつくった責任者であったからである。当時最も困ったのは、野党から田中角栄議員辞職勧告決議案等が提出されたことだ。
その取扱いについて憲法上の議論を重ね、「国民から選ばれた国会議員に辞職を勧告し、政治的に辞職に追い込むことは、憲法に違反することになる」という結論となった。そのため、「著しく政治倫理に反する行為を行った議員を辞職させる方策はないか」、これを徹底的に研究した。
当時与野党が合意したのは「国会議員の職務に関して、犯罪を起こし裁判所で一審有罪となった議員を、懲罰事犯の対象とする。本会議で3分の2の多数で除名することができる」ということで、具体的には贈収賄罪と脅迫罪を対象とした。院内の秩序を乱すことを前提としている憲法を拡大解釈して、院外の特殊なケースも対象とするものである。
立法直前に、憲法に抵触するとして法律にすることはできなかった。理由は、最高裁で有罪が確定するまでは、「推定無罪」であること、有権者が選んだ国会議員を議院の議決で無効にすることは国民主権に反するとのこと。昭和時代までの国会には、このような見識が生きていたのだ。
議会民主政治の危機を自覚していない政治家が多い
この憲法思想が崩壊したのは、平成14年3月衆院本会議で「鈴木宗男議員辞職勧告決議案」を可決したことである。民主党が提出したもので、これを上程して可決したが、鈴木宗男議員は応じなかった。これが悪い前例となり、坂井隆憲議員(平成15年3月)、西村眞悟議員(平成18年3月)に辞職勧告が決議されたが、いずれも応じなかった。

今回提出された石川議員のケースは前例と違い、起訴されたのは秘書時代の政治資金収支報告の「虚偽記載」というものである。収支報告の会計処理論からいえば、犯罪性はないとの意見もある。水谷建設から裏金をもらったという実証されない虚偽の犯罪を検察が立件しようとしたことの流れの中で、無理矢理に逮捕し起訴したものである。小沢幹事長を政治的に失脚させる政治捜査であったことは、多くの専門家が指摘しているとおりだ。
問題は、平成時代になって国会議員となった政治家は、自分が国民の代表であり、その身分と権限は自分の名誉や権勢や利権のためでなく、国民全体の福祉に尽くす身分であることを忘れていること。いや、知らないことにある。
議会民主政治の歴史は、検察や警察権という旧体制との闘いの中で確立されてきたのだ。自民党などの旧体制の政治家が、政略的に石川議員辞職勧告決議案といって騒ぐことは、彼らの政治生命が消えかかる灯である。共産党が「小沢疑惑」と騒ぎたてるのは、歴史的弁証法を放棄したからだ。
情けないのは民主党だ。政権を獲っているくせに、議会民主政治の危機を自覚していない政治家が多い。石川議員の辞職勧告決議案を本会議に諮ることは、国会議員の自殺に等しいことを知るべきだ。もっとも基本的なことを勉強するべきである。