《『政(まつりごと)の心』を求めて》 第38回 ―「 日本の政治の原点 (11) 」―
第1回「竜馬と妙見を考える会」の報告

2月10日、龍馬と妙見を考える会のシンポジュウムを開いた。参加予定者を130人程度としていたところ、約300人が顔をみせ、世話役の方々には大変なご苦労をかけた。テーマは「坂本龍馬の隠された真実」であった。
最初に私が『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』(幻冬新書)を執筆した動機について、「NHKの『龍馬伝』が描かない龍馬の思想の原点を書こうとして、行き着いたのが北辰一刀流の剣術以外に人間を動かす秘術があった。その原点が妙見信仰だった」と説明した。
次に桓武月辰流第24代宗家千葉吉胤妙星氏が、プロジェクターを使って北辰一刀流の思想「妙見信仰」を説明した。参加者のほとんどは、北極星や北斗七星といった星を信仰することが、古代の日本にあったことに驚いていた。話の中で剣術はじめ武道の奥義は、人間の整体、病気治療にも活用でき、社会改革にも役立つことの説明があった。
これを受けて脳外科から綜合医療そして生活環問題の専門家である清水昭博士から、明治以来の西洋医学に偏重した日本医学について、伝統医学による見直しが必要であるとの意見が発表され、ディスカッションとなった。
その要点は
1)歴史の節目に現出して時代の変化を促す力となるのが妙見信仰である。鎌倉幕府を創った源頼朝を支えたのは、平将門の子孫千葉常胤であった。将門の乱は貴族政治の腐敗を改革する運動であり、関東の妙見菩薩を信仰する民衆運動であった。240年後、将門の思いは頼朝をして実現した。
2)戦国時代を収拾した徳川家康は熱心な妙見信仰であった。幕末の混乱を大政奉還から明治維新へ改革したのは、千葉一族の北辰一刀流の原点「妙見思想」であり、坂本龍馬は千葉道場で学んだ「妙見法力」によって活動したのだ。龍馬は勝海舟・大久保一翁・松平春獄といった妙見思想を持つ幕臣たちによって使われたともいえる。
3)明治維新でつくられた中央集権官僚国家が、廃仏毀釈で妙見信仰を封印し140年経た21世紀に、腐敗と限界がきた。これを改革するためいろんな動きがあるが、昨年8月30日の衆院総選挙での政権交代は日本の歴史で初めて民衆がつくった国家権力である。妙見の力の出現か、などの意見が出された。
4)妙見信仰の物の考え方の一部も紹介された。「陰と陽を支配する律の機能=中庸の理論」である。要約すると、黒と白は陰と陽の関係だ。この対立が衝突して新しいものが生成するというのがこれまで知られた考え方である。実は黒は黒でなく白は白でないのが実体だ。例えば光を黒に当てると灰色となる。白と思われるものから光をなくすると黒となる。その光が「律」というもので、律を活用することで物事は変化する。律を「中庸」していかに活用するかが、妙見の考え方である。
「熱さ」「寒さ」の律は距離であり、距離を変化させることで中庸を得ることができる。人間と人間も近くにいれば熱くなるが、距離があると冷たくなる。それをどう改善するか。律を見出し中庸を求めるのが、政治や企業経営の基本である。こういった物の考え方を整理総合すれば、新しい国家社会の創造に役立つのではないか。
こういった意見が交わされた。
コーディネーターの京島博文氏が、小沢民主党をめぐる状況に触れて私に質問するので、「検察に狙われるのは政治的宿命だが、結論を出すのは人間じゃないと思う」と、現代の日本政治に妙見の導きを想定しておいた。
懇親会では、東京龍馬会の田村金寿会長、飯能市の円泉寺諸井政昭住職、秋山浩保柏市長の挨拶の後、演歌『龍馬を愛した女』の発表があり、普勝清治全日空最高顧問の乾杯の発声があり、盛大なパーティで終わった。