斗の順道 釈氏憲法 第二条
釋典は三國を通じて宗ぶ、百機の歸すべき極みなり。
賢者は賢にして覺道を宗び、
愚者は愚として因果を畏る。
政道を説かずして導き、萬機を治めずして正す。
故に諸國の諸王たちは之を敬う。
其の興廢は僧道にあり。
僧者、道を廢る則は佛法の理を失う、
僧もまた自ら亡ぶ。
しゃくてんはさんごくをつうじてとうとぶ、すべてのきすべききわみなり。
けんじゃはけんにしてさとりをとうとび、
ぐしゃはぐとしていんがをおそる。
まつりごとをとかずしてみちびき、ばんきをおさめずしてただす。
ゆえにしょこくのきみたちたちはこれをうやまう。
そのこうはいはそうのふるまいにあり。
そうたち、みちをすつるときはぶっぽうのりをうしなう、
そうもまたみずからほろぶ。
仏典は三国(日本、中国、印度)を通じて尊ぶところで、すべてのものが帰するところである。
賢者は賢にして覚道を尊び、
愚者は愚にして因果を恐れる。
説かなくとも政道を導き、治めなくともすべて機を正しくする。
ゆえに諸国の諸王はこれを敬うのである。
しかし、その興廃は僧道のいかんにある。
僧たるものが道を捨てれば、仏法は理を失い、そして僧もまた滅びる。

〝政治に関わらないからこそ、諸国の王は仏教を敬うのである。
それを忘れ、僧が道を外れるときは仏法の理を失い、僧も自ら亡ぶぞ〟と、釈氏が政治に関与することを戒めておられます。