移り変わる産業界
人類の歴史は、産業の歴史でもあります。自然と共生していた古代。人は山や森、海の恵みで生活をしていました。そして、生活そのものの延長線上である、第1次産業(農林水産業)から産業は始まったのです。
その頃の経済は、自然との共生によって成り立っていたといえます。
その後、ヨーロッパで起こったルネッサンス(文芸復興)運動をきっかけにして、いのちあるものとの関わりが中心だった第1次産業から、いのちなき物質の豊かさが重視され、資本(お金)を中心とした産業に大転換したのです。これが第2次産業です。
物質の豊かさがそれなりに満たされてくると、情報・サービスという目にみえない付加価値が中心の第3次産業が生まれ発展していきます。
簡単に言えば、こうして現代社会が出来上がってきたのです。そして、食品業界に限らず、産業界そのものが、新しい時代を迎えようとしていると言えるのです。
目からうろこの新しい産業活動
近代は資本主義の名のもと、「生産・製造・販売者」の、利益を優先した活動が行われてきました。
先にもあげた食品偽装の問題は、まさにその象徴と言えるでしょう。ひとたび事が起こると何十万台ものリコールを行う自動車業界など、利益優先の中には、消費する側の安全や安心が置き去りにされている観があります。
また、日本でも高度成長期において、工業化や生産の波は、光化学スモッグや河川の汚染をうみ出し、人命に重大な影響を与えた過去を持っていますが、それは地域的に深刻な問題であったのに対して、温暖化という地球規模で発生している現在の問題は、人類の存続をも危ぶむ事態を引き起こしています。
先進諸国のほとんどが、常識として捉えている資本主義は、別な側面から見れば、お金の亡者的集団に見えないでしょうか?
その資本という「利益優先」の常識を、「生活者優先」に大転換させようとしているのが、誇れる国づくりの産業活動です。
悪循環からの脱皮
では、生活者優先とはどういうことでしょうか。当然のことながら、「安全」で「安心」が求められていることは間違いありません。
下の牡蠣業者の例をみてください。
山が荒れたり海が汚染され赤潮が発生すると、赤潮を吸った牡蠣は身が赤く染まるため商品になりません。こういった場合、現代社会は赤潮をどのように始末するか、というところに目がいきやすいのですが、それでは根本解決しません。
これは宮城県や広島県で実際に行われている例なのですが、牡蠣の安全性や品質を向上させるために、業者は上流の山に植樹することで、栄養豊かな海に戻すという対策を行ったのです。
水産業者が異業種である林業にも関わる(第1次産業)。また、牡蠣の販売(第3次産業)・加工(第2次産業)にもこだわり、それをPR(第3次産業)する。

また、どの産業に関わっている人も、全員が生活者(消費者)であるという視点から、上図のように三位一体で産業を活性化させるのが『第6次産業』なのです。
自然と共生している第1次産業、資本を中心とした第2次・第3次産業のすべてを内包し、牡蠣の養殖が、森とつながることで活性化するように、
1次×2次×3次=6次
という相乗効果で行っていくのです。
新しい産業モデル 第6次産業への転換
ところで、生活者を優先にするというのは、消費者のわがままに合わせるという事ではありません。どこまでも、人間にとって、自然にとって、社会にとって、地球上の命あるものにとって、安全と安心を中心にするということです。それはまた、食料や資源を与えてくれる、宇宙を尊ぶということです。現在のように、富める国が貧しい国の犠牲の上に成り立つのではなく、同じ地球上の人類として、お互いを尊ぶということです。
第6次産業は、資本主義から生活者主義への大転換なのです。環境・人間を破壊しない、食べ物(いのち)や資源をムダに廃棄しない消費文化の創造です。物の豊かさではなく、自然との共生を前提として、自然が循環する産業でもあるのです。
ここから、例えば資源をムダにしない、見こみ生産が可能になる流通や、それに携わる仕事も生まれてくるのです。今の厳しい経済環境を回復させるためには、小手先の経済政策では限界があり、産業構造の改革を並行して遂行することが必要なのです。
つまり、それが第1次から第3次産業を包括する第6次産業の推進であり、利益優先から生活者優先へ大転換をはかる、国づくり人づくり財団が独自に展開しようとする産業モデルなのです。