祀祭政事典
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自然の中の祀祭政
人間がどれだけ科学を進めても、自然にはかないません。
それは人間も自然から生み出されているからです。
生命そのものを生み出す、このエネルギーが実は祀祭政なのです。
日本文明・文化が祀祭政というのは、このエネルギーそのものを内包しているからなのです。
【祀(命あるものを尊ぶ)】
生命は水から生まれてきました。
あらゆる生命は、すべて水がなければ生きていけません。
そして、生きているということは、意識しているいないに関わらず、身体の機能が動いています。
生命を生かそうとするエネルギーです。
地球も自然も生きています。命を生かそうとしているのです。
そのあらゆる仕組みそのものが、人智では計り知れない生命の祀りごとなのです。
【祭(自然を畏敬し祈る)】
自然は生命を成長させようとします。
例えば、動植物に必要な太陽が成長を助けるようにです。
夜明けとともに、植物たちは一斉に酸素をはき出します。
朝の空気が新鮮でここちよいのは、このためです。
また、小鳥も一斉に鳴き始めます。
そして日の光が降り注ぐと同時に、花のつぼみは開き始めます。
自然のエネルギーは生命を成長させようとする祭りごとそのものなのです。
【政(社会の規範・秩序)】
自然は秩序を持って営まれています。
太陽は明日も必ず昇ります。
あらゆる自然現象は、人間にとって脅威なものもありますが、必要に応じて起こるべくして起こり、そしていずれは止みます。
動植物は死ねば、多くの微生物のいのちの役割で土に帰ります。
土に帰ればまた土壌の栄養になり、そして他の生命を生かす循環になります。
このエネルギーが自然の政です。
人間もまた循環に生かされているにすぎないのです。
お正月の祀祭政
最近はお正月もイベントと化してしまいました。
しかし、背筋を伸ばして心新たに迎える本来の日本のお正月こそ、人生のしなやかさをつくる節目になるのではないでしょうか?
【祀(命あるものを尊ぶ)】
昔は、新年を家族が元気で過ごせるよう祈るために、家の主人が大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社にこもる「年蘢り」と呼ばれる習慣や、社前で焚き火をして夜を明かしたりする習慣がありました。
氏神は「氏」の神と書くように、その地域の豪族である古代の氏族組織であるウヂが、祖神または守護神として祀っていた神のことであり、その社にこもることで、一年間の罪や穢を祓い清めたのです。
当時は「年の初め=大晦日の夜」という認識だったようで、これが初詣の由来と言われています。
【祭(自然を畏敬し祈る)】
お正月は、農家が年神にその年の豊作を願う行事でもありました。
「年」は稲の実りのことで、穀物神です。
その根底には穀物の死と再生があり、古代日本で農耕が発達するにつれ、年の始めに豊作が祈念されるようになり、それが年神を祀る行事となって、正月の中心行事となっていきました。
お正月の飾り物は、元々年神を迎えるための物なのです。
一年を守護する神、農作を守護する田の神、家を守護する祖霊の三つを一つの神として信仰したのが、年神であるとも言われています。
【政(社会の規範・秩序)】
かつて同じ氏族で年籠りをすることは、地域社会における大事な風習でした。
忙しい現代では、お正月は年に一度、親族が集う良い機会となっています。
神社への参拝では、鳥居をくぐる前に衣服を整え、軽く会釈をしてから境内に入り、参道の中央を避け、手水舎で心身を清めます。
軽く会釈をしてから鈴を鳴らし、「二拝二拍手一拝」の作法で拝礼し、軽く会釈をして退きます。
一年の計は元旦にありです。身心ともに清まり感謝でむかえられることは、幸先の良い一年になるのではないでしょうか?
入浴の祀祭政
簡単にお湯が沸かせなかった神話の時代からあるサウナ(垢落としの文化)。
自然の恵み温泉(湯に浸かる)。
そして、仏教の沐浴。
それぞれの文化が融和されて、現在のお風呂になりました。
【祀(命あるものを尊ぶ)】
「風呂」とは「ムロ(室)」。
その昔シダや松葉を燃やして熱した洞窟に、塩水を含んだムシロを敷いた岩風呂で、垢を落とす文化が生まれました。
また、清らかなものとしての水は、「聖なる薬」として信じられ、特に温かい池(=温泉)は、天の御使いが与えてくれた、治療の場所として信じられました。
聖徳太子作として伝えられる道後温泉碑文「沐浴神井而李疹(神井に沐浴して疹を李す)」から、入浴は一つの神事であったようです。
岩風呂と温泉は江戸時代まで、全く違うものとして発達していくのです。
【祭(自然を畏敬し祈る)】
仏教とともに伝来した沐浴(お湯につかる)は、僧侶達が聖なる物に触れる時などに身心の穢れを落とす、禊ぎの宗教的行事でありました。
その後、布教の手段として開放され一般化し、清潔さや爽快さに関心が集まり、俗化していくのです。
平安以降の公家は、引越しや婚儀、病気が回復したり新年を迎えた際に入浴しました。宗教的、文化的通過儀礼としても湯を浴びることは、日本人に重視されてきたようです。
【政(社会の規範・秩序)】
明治時代になって、江戸時代に一般化した銭湯(蒸し風呂)に、温泉方式が導入されました。
ここで初めて、身を浄めるための沐浴と、蒸し風呂で汗を流し垢を落とすことが合体され、今の入浴スタイルになるのです。
人生の最初の沐浴は「産湯」、死後は「湯灌」によって清められます。私たちのいのちの循環には、生命の根源である水との関係があり、生涯切っても切れないありがたいものに違いありません。
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